ほんとうの家族のあり方とは
2006年 02月 03日
昨日、佐倉市の城下町を散策して来ました。
コースは、
国立歴史民族博物館→佐倉城址公園→武家屋敷→さくら庭園(旧堀田邸)→甚大寺→佐倉高校記念館→コミュニティサロン佐倉茶屋→国立歴史民族博物館
距離にして、おおそよ5,7キロメートル。
長身の男性で、17000歩。 チョコチョコキョロキョロ後ろをくっついて歩く私としましては、2万歩近く歩いたかもしれません。
この歴史散歩から私が感じたことはたくさんありましたが、その中のひとつをあげますと、武家屋敷。
100石というような禄高をいただく武士、言うなれば中上流階級の邸宅です。
一見、部屋数が多いと思いましたが、昔は一軒の家に、舅姑・家長夫婦・こどもたち(平均して4人くらい?)・下男下女と、少なくとも10人くらいの人々が起居していたのです。
壁が少なく、襖と障子で仕切られただけの空間は、現代で考えるようなプライバシーなど存在し得ません。
したがって、子は大人を、大人も子どもを、じっと見ていたわけです。
何も言わなくても、その喜びや苦しみ悩みを、肌で感じ取り共有していたのでしょう。
そしてその生き様の中に、それぞれの家を構成する人間としての学びを得ていたのではないでしょうか。
これこそ、ほんとうの家族のあり方ではないかと、しみじみと思いました。
コースは、
国立歴史民族博物館→佐倉城址公園→武家屋敷→さくら庭園(旧堀田邸)→甚大寺→佐倉高校記念館→コミュニティサロン佐倉茶屋→国立歴史民族博物館
距離にして、おおそよ5,7キロメートル。
長身の男性で、17000歩。 チョコチョコキョロキョロ後ろをくっついて歩く私としましては、2万歩近く歩いたかもしれません。
この歴史散歩から私が感じたことはたくさんありましたが、その中のひとつをあげますと、武家屋敷。
100石というような禄高をいただく武士、言うなれば中上流階級の邸宅です。
一見、部屋数が多いと思いましたが、昔は一軒の家に、舅姑・家長夫婦・こどもたち(平均して4人くらい?)・下男下女と、少なくとも10人くらいの人々が起居していたのです。
壁が少なく、襖と障子で仕切られただけの空間は、現代で考えるようなプライバシーなど存在し得ません。
したがって、子は大人を、大人も子どもを、じっと見ていたわけです。
何も言わなくても、その喜びや苦しみ悩みを、肌で感じ取り共有していたのでしょう。
そしてその生き様の中に、それぞれの家を構成する人間としての学びを得ていたのではないでしょうか。
これこそ、ほんとうの家族のあり方ではないかと、しみじみと思いました。
by green-hanayu
| 2006-02-03 13:41